社長は労災保険に入れる?労災保険特別加入制度と加入条件などを解説
公開日 / 2024.7.03
「社長は自社社員と同じように労災保険に加入できるのだろうか? 」「労災保険に入れない場合にはどうすれば良いのだろうか?」という疑問を持っている方は多いかもしれません。
この記事では事業主や一人親方も入れる「労災保険加入特別制度」の概要や加入条件について解説します。
後半では労災保険に入れない場合に代替となる公的制度も紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
社長は労災保険の対象外
事業主や一人親方は原則として労災保険に加入できません。
労災保険(労働者災害補償保険)とは「労働者の業務上の事由または通勤による労働者の傷病等に対して必要な保険給付をおこない、あわせて被災労働者の社会復帰の促進等の事業をおこなう制度」です。
出典:厚生労働省「労災保険制度とは」
社長や個人事業主、一人親方などは労働基準法上の「労働者」に該当しないため、労災保険の対象とはなりません。
ただし後述するように、一定の条件を満たす場合には、特別加入できるケースがあります。
社長は労災保険に特別加入できるケースがある
労働者に該当しない人であっても労災保険に特別加入できるケースは、下記の2種類です。
労災保険特別加入制度の加入条件について詳しく見ていきましょう。
①中小事業主等
中小事業主等とは、1年間に100日以上にわたり労働者を使用している事業主や会社幹部などを指します。事業主とともに事業に従事する家族なども対象範囲です。
労働者(従業員)数の上限は業種によって異なります。たとえば金融業・保険業・不動産業・小売業の場合、労働者数が50名までの会社の社長であれば、特別加入の対象です。建設業の場合は300人以下となります。
- 雇用する労働者について保険関係が成立していること
- 労働保険の事務処理を労働保険事務組合に委託していること
上記2点を満たし、所轄の都道府県労働局長の承認を受ける必要があります。
自社が中小事業主等の条件に該当するかどうかを知りたい場合は、厚生労働省「特別加入制度のしおり(中小事業主等用)」または労働基準監督署に確認しましょう。
また、中小事業主労災は、雇用している労働者と同じ仕事をしている時の災害が補償範囲との見方となります。たとえば建設業の方が事務員さんだけを雇用している場合には、事務員として中小事業主労災に加入することができますが、現場作業をする労働者を雇用していないため現場での怪我は補償対象となりません。
その際は、建設業についてのみ一人親方労災保険でカバーする必要がある場合があります。こちらに関しても労働基準監督署に確認するようにしましょう。
②一人親方
一人親方とは、労働者を使用しないで特定事業を実施する事業主を指します。たとえば個人事業主として運送業や建設業を営んでいる方や、一人社長なども一人親方に含まれます。
また近年増加傾向にある、フードデリバリーの配達員の方なども特別加入の対象です。
特別加入の対象となる業種は定期的に見直されているため、下記のウェブサイトで最新情報を確認することをおすすめします。
出典:厚生労働省「特別加入制度のしおり(一人親方その他の自営業者用)」
出典:厚生労働省「労災補償」
社長が労災保険に特別加入する手順
労災保険に特別加入する際の手順は、以下の2パターンに分かれます。
- 中小事業主の場合
- 一人親方の場合
ここでは労災保険に初めて特別加入する際の手続きの流れをご紹介します。
中小事業主の場合
厚生労働大臣の認可を受けた「労働保険事務組合」を通じ、所轄の労働基準監督署長を経由して労働局長宛に「特別加入申請書(中小事業主等)」を提出します。
加入方法としては、労働者以外で業務に従事している人全員分を事業ごとに一括申請が必要です。
出典:厚生労働省「特別加入制度のしおり(中小事業主等用)」
なお申請時には給付基礎日額などを記入しましょう。特別加入時の給付基礎日額については後述します。
また中小事業主向けの労災保険特別加入制度については、以下の記事で詳しく解説しているので、ぜひ読んでみてください。
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一人親方の場合
一人親方(個人で仕事を請け負っている方)は、各都道府県の労働局の承認を受けた「特別加入団体」を通じ「特別加入申請書(一人親方等)」を提出します。
出典:厚生労働省「特別加入制度のしおり(一人親方その他の自営業者用)」
たとえば、全国に約100,000人の組合員を有する「一人親方労災保険組合」などからの申請が可能です。
個人事業主等で周りに相談できる人がいない場合には、団体のウェブサイトに問い合わせてみてください。
出典:「一人親方労災保険組合」
社長が労災保険に特別加入するときの諸費用
労災保険に特別加入する際に必要となる費用は、主に2種類あります。
詳しく見ていきましょう。
労災保険料
労災保険料とは、補償を受ける対価として国に納める費用を指します。労災保険料は法律で定められているため、加入団体の違いを問わず全国共通額です。
労災保険料は、保険料算定基礎額(給付基礎日額×365日)と保険料率のかけ算によって算出されます。
給付基礎日額とは、労災に遭った場合の補償額などを算定する基となる金額であり、3,500円から25,000円までの16段階から選択可能です。
給付基礎日額を高く設定すれば、支払う保険料が高くなると同時に補償額も高くなり、給付基礎日額を低く設定すれば、保険料が安くなると同時に補償額も少なくなります。
予算状況などを考慮しながら、自社に合う額を設定しましょう。
保険料率は業種ごとに異なる値が設定されているため、詳細は厚生労働省のウェブサイトで確認してください。
出典:厚生労働省「特別加入制度のしおり(中小事業主等用)」
出典:厚生労働省「特別加入制度のしおり(一人親方その他の自営業者用)」
組合費等
組合費とは、特別加入の申請窓口となる組合または団体に対して支払う費用を指します。
組合費は加入団体によって設定額が異なりますが、月額500~2,000円程度です。組合費の差によって補償内容が変わることはありません。
なお団体によっては事務手数料や初月のみ入会金が必要となる場合がありますので、加入を検討している団体に確認してみましょう。
社長が知っておきたい労災保険以外の関連制度
ここでは労災保険の加入対象とならない場合に知っておきたい公的制度を2つ紹介します。
- 被用者保険制度の特例
- 国民健康保険制度
被用者保険制度の特例
社長や経営者は自社従業員が加入する被用者保険(協会けんぽ、健康保険組合、共済組合など)の適用対象とはなりません。
ただし被保険者が5人未満の会社経営者で、従業員に近い業務に従事している方であれば、業務中の怪我の治療などに被用者保険による保険給付を受けられます。
なお被用者保険と労災保険は併用できません。労災が認定される状況では労災保険が優先的に適用されることも合わせて覚えておきましょう。
出典:厚生労働省「法人の代表者等に対する健康保険の保険給付について」
出典:厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「お仕事でのケガ等には、労災保険!」
国民健康保険制度
事業主や一人親方は被用者保険の対象とはならないものの、日本国籍の方や要件を満たしている外国籍の方であれば国民皆保険制度により「国民健康保険」に加入できます。
出典:厚生労働省「国民皆保険制度」
国民健康保険は国民が適切な医療を受ける権利を保障することを主旨としています。
被用者保険に加入しておらず国民健康保険料のみを支払っている方の場合、医療費に関しては保険適用範囲内で必要最小限の補償を受けることは可能です。
万が一の場合に備え、覚えておきましょう。
社長や経営者は労災保険に特別加入しよう
社長や一人親方などの事業主は、原則として労災保険の加入対象外です。
ただし一定の条件を満たす場合には、事業主の方も労災保険に加入できます。建設業など、労災リスクの高い事業に従事する事業主の方は、労災保険への特別加入を検討してはいかがでしょうか。
労災保険の加入対象とならない場合には、被用者保険の特例制度や国民健康保険などの公的制度が役立ちます。社長や個人事業主、一人親方として必要な知識を持ちつつ、業務中のリスクに備えましょう。
監修者からメッセージ
一人親方労災保険組合顧問覺正 寛治かくしょう かんじ
一人親方に安心安全を提供したい
静岡大学法経学科を修業後、1977年4月に労働省(現厚生労働省)入省。2002年に同省大臣官房地方課課長補佐(人事担当)、2004年に同省労働金庫業務室長を歴任し、2007年に同省鹿児島労働局長。退官後、公益財団法人国際人材育成機構の常務理事、中央労働金庫の審議役を経て、2017年4月に現職。
厚生労働省では「地下鉄サリン事件」「阪神淡路大震災」「単身赴任者の通勤災害」の労災認定や「過労死認定基準」の策定などを担当し、労災保険制度に明るい。一人親方労災保険組合顧問としては、一人親方が安心安全に働けるよう、これまで培った労災関係業務や安全衛生業務の経験を生かして労災保険特別加入制度の普及や災害防止活動に取り組んでいる。
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